災害・救急医療の充実強化に関する緊急提言
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災害・救急医療基本法の早急な制定を
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平成25年5月
一般社団法人救急医療総合研究機構(救急総研)
代表理事 島崎修次
東日本大震災の教訓を踏まえ、わが国においては、近い将来の発生が懸念される巨大災害(首都直下地震、南海トラフ地震等)への対策の強化が喫緊の課題となっている。たとえば、南海トラフ地震における想定死者数32.2万人等の多大な人的被害が見込まれており、その減災のためには、災害時の救急医療体制の確立が不可欠である。現在のわが国の災害医療システムには、災害現場への医療従事者の派遣・調整や急性期・亜急性期医療の担い手の確保、収容医療機関の確保・運営、あるいは広域災害救急医療情報システム(EMIS)等に大きな問題点があり、その抜本的改善が必要とされる。
さらに、これが実効性あるものとして機能するためには、平時・日常の救急医療システムが十分に機能していることが大前提となる。ところが、現実には、「医療崩壊」と呼ばれる医療現場の疲弊・縮小は、救急医療分野において最も顕著かつ深刻である。救急車による救急搬送件数は、今日では年間600万件もの規模に達しており、いわゆる「たらい回し」とも批判される「病院不応需」(救急病院が救急患者を受け入れたくとも受け入れられない状態)が常態化している。こうした中で、救急医や急性期医療に係わる医師のマンパワー不足や経営の保障が十分ではないことから、多くの救急告示医療機関が撤退に追い込まれ、救急医療はまさに崩壊の危機に瀕している。
この問題の解決のためには、救急医療は「限られた社会的資源」であり、応分の社会的負担と適切な利用によってはじめて維持しうるものであることについて国民の理解を得た上で、救急に携わる医師の養成・確保、救急医療機関に対する適正な評価や財政支援とともに、救急患者の病院前搬送と受入救急医療機関の総合的連携を担う地域メディカル・コントロール(MC)協議会の財政的支援を含む充実・強化が必要である。
以上の問題は多岐にわたるものであり、医療法の改正等の個別対策で対応できるものではなく、関連する法的措置、財政措置等を包括的かつ一体的に推進することが不可欠である。救える命を必ず救い、防ぎ得る死(Preventable Death)を必ず防ぐための災害・救急医療の抜本的改革とその後の継続的取組の全体像を示す「災害・救急医療基本法」を制定し、下記事項を早期に実現することを緊急提言する。
記
T.
災害時の救急医療体制の充実強化
1.
災害時医療の強力な統括・指揮系統の確立
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災害時メディカル・ディレクター(MD)制度の構築
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日常的な救急医療に関し、救急搬送及び受入医療機関の対応の総合調整を担う「メディカル・コントロール (MC)協議会」をメディカル・ディレクター (MD)の総合調整の下で機能的かつ実効性をもって運営する仕組みとして制度的に確立する。災害時にこのメディカル・ディレクター (MD)が、ロジスティックス、公衆衛生を含む地域の災害医療を統括・指揮する仕組みを構築する必要がある。
2.
災害現場における医療従事者の派遣制度の確立
現行の災害医療はDMAT(全国の災害拠点病院による災害医療派遣チーム)及び JMAT(日本医師会災害医療チーム)が担っており医師の献身的な参画によって支えられている。しかしこれらを中心とする医療支援の基本はボランティアの枠組みであるため、発災時の実働可能人員数を正確に把握できない、統括・指揮系統が不明確である、費用負担(派遣元の医療機関の負担を含む)の制度的基盤がなく参加者の自己負担が過重に求められる等の問題もある。
したがって、災害現場における医療従事者について、登録制及び育成プログラムの導入によりその人的資源の確保を確かなものとするとともに、被災地における医療業務の遂行に係る義務の明確化、派遣実費(旅費)、人件費を支弁する仕組み等を確立することが不可欠である。このためには、派遣者の不在により業務負担が増加する派遣元医療機関について、それに見合う適正な評価と費用負担を行うことが前提となる。
3.
救急及び急性期医療機関における緊急時対応計画策定の義務付け
発災時には、膨大な数の被災者が医療機関に殺到することとなるが、このような状況下で、被災地の医療機関が必要とされる診療を継続するための緊急時対応計画の策定を義務付けるとともに、その計画に基づく対応体制の整備のための財政的支援を行う必要がある。なお、東日本大震災の際には、停電、断水、医療関係者の被災等への対応不足から、被災地内の多くの医療機関が機能不全に陥ったが、この計画には、これを教訓としたライフラインを含む医療機関BCPを盛り込む必要がある。
さらに、被災地内医療機関の入院患者等の被災地外への一時避難と受入れシステムの構築を地域を越えて広域的に行う必要もある。
U.
平常時の救急医療体制の充実強化
- 1.地域医療における救急医療の統括的運営体制の確立
(1)
メディカル・ディレクター制度 (MD)の構築
地域における救急医療現場の運営に関し、救急搬送及び受入医療機関の対応の総合調整を担う体制として、現在、全国に260弱の地域メディカル・コントロール (MC)協議会があるが、もっぱら現場努力によってシステムが支えられており、救急医療の専門知識の裏付けをもって MCの運営指導に当たる者が少ないのが実情である。MC体制の中に救急医療の専門知識を有し、地域における医療現場運営の全般的統括責任者となるメディカル・ディレクター (MD)を必置する法制度を導入し、財政支援を行う仕組みを確立することが重要である。これにより、地域における救急医療体制の円滑なコーディネーションが可能となり、たらい回しや病院不応需の解消が図られることとなる。
(2)
病院ネットワークの構築と責任医師体制の確立
MC協議会において、地域における救急患者受入ルールを策定することとし、特にたらい回し対策の観点から、一次対応策としていったん医療機関に収容するルール(オーバーナイト・ルールを含む。)を策定する必要がある。これらを実現するためにも、救急患者を受け入れる病院ネットワークの構築が必要であり、地域MC体制の中心にメディカル・ディレクター、その統括下に地域コーディネイターの確保など責任医師体制を確立することが重要である。
2.
救急医療機関における診療体制の改善
(1) 地域救急医療の要となる三次救急医療機関における救急専門医の適正配置の義務化
救命救急センター等の三次救急医療機関は、地域救急医療の要である。救命救急センターの基準として、重症救急患者治療とともに、救急専門医養成、卒後臨床研修、医療関係職種の救急教育などや、災害医療対応が定められているものの、現実には、必ずしもその基準が遵守されているとはいえず、救急専門医が1〜2人の救命センターが約半数を占める等、大きな格差があるのが実情である。このため、救急専門医の適正人員の配置を義務化する必要がある。
(2)日本版救急診察室 (J-ER)の確立等
二次・三次救急医療機関において、24時間体制で軽症から重症までの救急患者を受け入れる「日本版救急診察室」(J-ER)を確立する。二次救急医療機関においては最低 3名以上、三次救急医療機関においては最低 5名以上の救急専門医の確保を要件とし、さらに、看護スタッフや救急救命士などの適正配置を行うために必要な診療報酬等の改善や財政支援などを行う必要がある。
(3) 患者受入れ実績に応じた補助金等の予算措置
救急患者に係わる診療報酬を改定し、救命救急センター、二次救急医療機関、救急告示病院等の救急医療機関の患者受入れ実績に応じた補助金等の予算措置を行う必要がある。
3.
救急科専門医の養成・確保
(1)専門医需給計画の導入と救急科専門医10,000人体制による二交代制の確立
現在、わが国の救急科専門医は2,500名程度であるが、これは全医師数 30万人の 1%に満たない。救急医不足の理由は、日夜を問わない過酷な診療時間、医療過誤の危険性、責任に対する評価が低く待遇が十分でないこと等があげられる。救命救急センターに勤務する救急医の労働時間は週平均ほぼ 80時間で、労働基準法の 40時間のほぼ2倍に達する。このような看過しがたい過酷な現状を解消するためには、救命救急センター等の病院勤務医の二交代制の確立が不可欠であり、そのためには救急科専門医 10,000人の確保が必要である。
また労働時間からみた平均給与が低いのも問題であり、救急医をはじめ、夜間も不眠不休で働く急性期医療の診療科の夜間実働時間を加味した評価の適正化が必要である。
以上を踏まえた、救急医あるいは急性期医療に関わる医師の社会的需要に対応するため、全診療科に関する「専門医需給計画」による制度的調整を早急に導入する必要がある。
(2) 卒後臨床研修における 6ヶ月以上の救急医療研修の実施
救急医療は医療の原点であり、臨床に携わる医師は、他診療科の専門医になる場合であっても、救急医療に係る基本的診療能力を身につける必要がある。このため、専門とする診療科の如何を問わず、卒後臨床研修における救急医療の研修期間を従来の3ヶ月から最低6ヶ月に延伸する必要がある。
以上
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